大判例

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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)8168号 判決

原告 三上新次郎

右訴訟代理人弁護士 大橋光雄

同 辻畑泰輔

同 加藤益美

被告 篠本ヤエ

右訴訟代理人弁護士 大園時敏

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し別紙目録記載の建物を明渡せ。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり陳述した。

一、原告は別紙目録記載の建物(以下本件建物と略称する)を昭和三一年一〇月一五日、賃貸借期間五年、賃料一か月金三万円、毎月末限その翌月分支払の約で、被告に賃貸した。

二、本件建物は、原告が昭和二六年一二月建築したバラック建で朽廃に近い状態であるので家屋改築の必要上昭和四〇年八月二八日被告に対し解約の申入をなした。

三、右解約申入についての正当理由は次のとおりである。

1  本件建物は建築後二〇年近くも経過した粗悪な材料によるバラック建であって朽廃の程度は甚しいこと。

2  附近一帯は、戦後いわゆるバラックばかりであったが、最近に至って鉄筋コンクリート建又は新築の木造建物となったに比し本件建物は昔の姿のまま残存し町の美観を害するばかりでなく、僅かな宅地の高度利用という面からも不相当となった。

3  原告は本件建物の敷地と隣地を合せてその地上に鉄筋コンクリート六階建のビル建設を計画しすでに建築認可済である。

4  原告は計画中のビルが建設された暁には、被告を次の条件で優先的に入居させる予定である。

(イ)  原告がビルを完成するまでの間被告に対し営業保障費として一ヵ月当り金一〇万円を供与し、本件建物と同程度の住居を得るため、一ヵ月金二万円の賃料外敷金、権利金を支払う用意がある。

(ロ)  建設後のビルの入居保証金家賃等の明細は左表のとおりであって、原告は被告に対し地下一階を提供する予定であるがこれまでの関係を考慮して被告に対しては左表の二割引とする。なお一四坪にかぎり四割引とする。

項目

階数

面積

保証金

家賃

敷金

坪数

単価

総額

単価

月額

五ヶ月分

地下一

二八

二五〇、

〇〇〇円

七、〇〇〇、

〇〇〇円

四、〇〇〇円

一二、

〇〇〇円

五六〇、

〇〇〇円

5  本件建物は改築の必要がある。

本件建物はもともとは二棟の建物であり、それを継ぎ合わせたものである。すなわち向って左側は(本件建物)は昭和二六年一二月原告建築にかかるものであり右側は他人の建築したものとを原告が昭和二九年五月買取った上両者を同年七月継ぎ合せたものであって左側の棟は両流れ右側の棟は片流れの屋根となっていて複雑な構造でありすでに多年を経過して朽廃甚だしい。

四、よって昭和四一年二月末にはそうでなくても現在すでに本件建物賃貸借契約は終了したから、被告に対して本件建物の明渡を求める。

被告訴訟代理人は、本案前の抗弁として本件訴を却下する、との判決を求め、その理由として、本件建物については、すでに別件当庁昭和三六年(ワ)第七九〇四号建物明渡請求事件が繋属していてその訴訟物と本訴訴訟物とは同一であると考えられるから本件訴訟は不適法であって却下さるべきであると述べ、本案につき主文同旨の判決を求め、答弁として、

原告、被告間に本件建物につき原告主張の賃貸借契約の存することは認める。本件建物が朽廃甚しいとの事実は否認する。右の外原告が正当理由として主張する事実、解約申入のあったことはいずれも知らない。ただし原告主張する新設のビルについての入居条件営業保障費、建設期間中の代替住居についての申入のあったことは認める。

なお原告は本件建物の廃を主張するが若し多少でも廃ありとするならそれは原告自身の本件建物破壊行為に基づくものであってかかる不信行為による朽廃を以て正当理由となし得ず、然らずとするも、解約申入権の濫用として許されない。

すなわち、原告は、本件建物に隣接する右側の部分に居住していた王継賢(中華料理店餃子王経営)が昭和三九年一二月退去するや、その部分を破壊し、屋根をはがし原告賃借部分たる本件建物と右側部分との境のベニヤ板の壁面をめくり取って放置した。その為大森消防署から火災予防上の注意をうけるばかりか被告使用部分に漏水し初めたので裁判所は被告の申請により本件建物使用収益に支障のないよう補修工事をなすべき旨の仮処分命令を発した程である。

原告は本件建物をビルに建て直し被告を地下に収容する旨述べているが、右申立は、被告を本件建物から立退かせる方法としてすでに前記別件訴訟を提起して敗訴したがこれを糊塗するための手段としての甘言にすぎず信用することはできない。

本件建物がビルに改築された上は当然電気、共益費、その他の諸費用は高額となり大衆酒場たる被告の営業の性質上収支計算を考えると被告の営業継続を不可能ならしめるに等しい。

原告訴訟代理人は被告の本案前の抗弁に対し、被告主張の別件訴訟が繋属中であることは認めるが右訴訟は本件建物賃貸借契約における被告の不信行為を理由とする解除権の行使による本件建物明渡請求であり本訴は上記の理由による解約申入によって終了した契約に基づく本件建物明渡請求であるから二重起訴とはならない。と述べ

被告の主張する不信行為については右側建物の居住者が王継賢であり同人が昭和三九年一二月同人が右建物から退去後屋根をはがしたことはあるが、中華料理店の臭気をぬくため、かつ万一の雨漏りの箇所の調査改築の予備手段として、一時的に屋根をはがしたにすぎず間もなく補修した。仮処分命令によって補修したものではない。その為一時的に雨漏りが生じたことはあったが、それを以て被告は仮処分を申請し決定を得たが、右決定は原告の審訊すらなく異議申立の結果は原告の勝訴となった。

本件建物がビルに改築され、被告がビル内に入居する場合にて諸費用がかさむことになり被告の営業が不可能となるとの点は否認する。多少の経費の増大は否定できないがそれは一般に物価の騰貴の結果であるにすぎず、やむを得ないものというべきである。

証拠≪省略≫

理由

一、本案前の抗弁について

≪証拠省略≫によれば本件建物賃貸借契約について原被告間に当庁昭和三六年(ワ)第七、九〇四号建物明渡請求事件がすでに繋属しているのであるが、右訴訟は無断転貸および建物の一部損壊を理由とする法定解除権の行使による賃貸借終了を請求原因とするものであり本件訴訟は正当理由による解約申入による賃貸借終了を請求原因とするものであってその訴訟物を異にするものと解されるから被告の二重訴訟であるとの抗弁は採用できない。

二、本案について

(1)  原告を貸主、被告を借主として本件建物につき昭和三一年一〇月一五日期間五年、賃料一ヵ月金三万円毎月末限りその翌月分支払の約の賃貸借契約が成立したことは当事者間に争がなく右期間経過後更新されて期間の定めのない契約となったものと認められる。

(2)  右契約につき原告が昭和四〇年八月二八日頃原告に於て改築をなすの必要があるとの旨の正当理由による解約の申入をなしたことは≪証拠省略≫によって推認することができる。そこで、正当の理由の存否について判断する。

1  ≪証拠省略≫によると、本件建物は昭和二六年建築されたものにその後同二八年頃には右側の隣家をつぎ合せた一棟のうち左側の昭和二六年建築の部分であること、≪証拠省略≫によれば朽廃部分のあることはこれを認めることができるが、その朽廃の程度を明らかにする証拠はなく、直ちに改築又は取こわして新築する必要があるとは認められない。

2  本件建物附近の見取図であること争のない甲第九号証と証人福田義助の証言によれば、本件建物は国電大森駅に近く、附近は商店飲食店街であって、ここ四、五年来ビルが建設されて来たことが認められる。

3  原告は本件建物敷地とその隣地を利用して鉄筋コンクリート六階建ビルの建設を計画しすでに建築認可済であることは≪証拠省略≫により認められる。

4  原告は計画中の右ビルが建設された暁にはその主張の条件で被告を入居させる旨の申出をなしたことは当事者間に争がない。

以上のとおりであるから本件建物につき朽廃部分があってもその程度は明らかでないのであるから、原告の一部の破壊行為によって朽廃を早めた事情の有無に拘らず、未だ被告を立退かせて改築をなし又は取毀はして建直す必要があるとは到底認めることはできない。また本件建物が国電大森駅に近く附近にここ四、五年来ビル建設がなされていることに鑑み、本件建物も土地高度利用のため、鉄筋ビルに改めんとする原告の意図は、それ自体は批難すべきものではなくても、すでに賃貸している本件建物の賃借人の利益を無視することはできないから、ビル建設の計画を有するなら事前に充分賃借人たる被告と協議の上被告の了解のもとに行うべきであり、その際原告が被告に対して提案した条件が相当なものであるに拘らず被告が応じないときは解約申入の正当理由として考慮の余地があるが、原告は、本件訴訟に先だち無断転貸等を理由として解除権を行使して、被告に対し本件建物明渡訴訟を提起したことは当事者間に争がなく右別件訴訟において原告が敗訴となったことは原告の明らかに争ないところであるところ、右敗訴の判決後間もなく本件訴訟を提起し、その繋属中、原告の主張する各種の条件(請求原因第三項の4)を示し、順次その条件を附加修正するに至ったことは本件訴訟の経過に照らし明らかであり、被告の同意なきままビル建設計画を推進して、すでに建築確認申請の上その確認を得たものであって、右のような当事者の事情は、前示改築の必要性の認め得られないことと相俟って、ビル建設が望しいことであっても本件建物解約申入の正当な理由となし難いものと考えられる。

よって、原告の正当理由による解約申入は、何れの時点において未だその効なく本件建物賃貸借契約を終了させるに由なきものであるから原告の被告に対する本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 荒木大任)

〈以下省略〉

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